潜在的少女性愛者を隔離せよとし、あの男も潜在的少女性愛者だとし、潜在的少女性愛者に情けは無用とし、潜伏する潜在的少女性愛者を許すなとし、潜在的少女性愛者の毒が回っているとし、沈黙は潜在的少女性愛者の証だとし、潜在的少女性愛者の正体を暴けとし、街から潜在的少女性愛者を一掃しろとする、時代の”狩り”の要請に応える作品です。
作品の内容


作品の説明
潜在的少女性愛者を隔離せよとし、あの男も潜在的少女性愛者だとし、潜在的少女性愛者に情けは無用とし、潜伏する潜在的少女性愛者を許すなとし、潜在的少女性愛者の毒が回っているとし、沈黙は潜在的少女性愛者の証だとし、潜在的少女性愛者の正体を暴けとし、街から潜在的少女性愛者を一掃しろとする、時代の”狩り”の要請に応える作品です。
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【収録内容】
潜在的少女性愛者を処刑せよ100人のバトルロワイヤル(男99/女1)#PORTUGAL.pdf
(総ページ数:138/テキスト量:約63500文字)
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※ここから下の物語は製品本編とは直接無関係ですが、『少女(おんな)の宿命』という共通したテーマがあります。
抑え切れず漏れ出してしまっている瘴気が本編内では充満しており、それを少しでも嗅いでいただければ幸いです。
アスファルトの裂け目から伸びた雑草が、かつて国道だった場所を静かに飲み込みつつあった。風が吹くと、放置された軽自動車のドアがキィ、キィと錆びた悲鳴を上げる。バードはその音を聞くたびに、背筋に冷たい氷を押し当てられたような錯覚に陥った。
「おい、遅れるな」
前を歩く中年男性が、掠れた声で言った。彼は色褪せた作業着を着て、背中には使い古されたリュックを背負っている。男の名を、バードは知らない。ただ、一週間前に壊れた道の駅の裏でゾンビの群れに囲まれそうになった時、彼がバール一本で道を作ってくれた。それ以来、二人はなんとなく一緒に歩いている。
バードは、サイズの大きな男子用のマウンテンパーカーのフードを深く被り、泥で汚れた顔を伏せた。短く切り刻んだ髪は、油と埃で束になっている。胸元にはさらしをきつく巻き、呼吸をするたびに肋骨が軋むのを感じるが、それが彼女にとっての「鎧」だった。この世界において、女であることは、死よりも恐ろしい事態を招き寄せる招待状でしかない。
「あそこはどうだ」
男が指さしたのは、街道沿いに建つ一軒の寂れたコンビニエンスストアだった。看板の文字は色あせ、強化ガラスの扉には、かつて誰かが助けを求めて叩きつけたであろう黒ずんだ手形が幾重にも重なっている。
二人は慎重に近づいた。男がバールを構え、バードが背後を警戒する。店内はひどく静かだった。棚は倒れ、賞味期限などとうに過ぎた食品の残骸が散乱しているが、幸いなことに「歩く死体」の姿はなかった。
「今夜はここにする。奥の休憩室なら、入り口を塞げば少しはマシだろう」
男がそう言うと、バードは小さく頷いた。声を出せば、変声期前の少年を装っている細い喉が、不意に真実を漏らしてしまうかもしれないからだ。
バードは店内の隅で、棚の影に落ちていた薄汚れたぬいぐるみのキーホルダーを見つけた。それは、パンデミックが起こる前、妹がラ〇ドセルにつけていたキャラクターに似ていた。
『お姉ちゃん、これ見て!』
最後に聞いた妹の笑い声が、耳の奥でチリチリと燃えるように響く。家族と離れ離れになったあの日、街は炎と悲鳴に包まれていた。バードはそのぬいぐるみを一瞬だけ強く握りしめ、すぐにポケットの奥深くへ押し込んだ。感傷は、この世界では命取りになる重荷だ。
夜が訪れると、世界は完全な闇に支配された。休憩室の床に古い毛布を敷き、二人は少し離れて横になった。外では時折、遠くでゾンビが発する、湿った咳のような呻き声が聞こえてくる。
暗闇の中で、男が突然話し出した。
「なあ……ひどい世の中になったもんだな」
天井を見つめたまま、男の声はどこか虚ろに響いた。
「ほんの数ヶ月前までは、みんな真面目に働いて、ルールを守って生きてた。それがどうだ。電気が消え、警察がいなくなった途端、人間は中身をひっくり返しちまった」
男は深く溜息をつき、寝返りを打った。
「ゾンビより怖いのは、生きている奴らだ。特に男って生き物は……ああ、お前のような子供には毒かもしれんが、今の連中は獣以下だ。強盗、レ○プ、殺人……これまで理性で抑えていた欲望を、パンデミックを免罪符にして爆発させてやがる。やりたい放題だ。まるでもう、明日が来ないことを知っているみたいにな」
バードは暗闇の中で息を殺し、男の言葉を全身の毛穴から吸い込むように聞いていた。その言葉の端々に混じる奇妙な熱が、彼女の皮膚を粟立たせた。
暗闇の中で、男の声はいよいよ湿り気を帯び、独白のような熱を帯び始めた。コンクリートの床から這い上がってくる冷気が、バードの防寒着を透過して肌を刺すが、男の言葉が放つ不気味な熱量の方が、彼女には耐え難かった。
「なあ、お前も気づいているだろう。外を歩いていても、もう大人の女の姿なんて、どこにも見当たらない」
男は自嘲気味に鼻で笑った。その音は、乾いた枯れ葉を踏みつけたような嫌な響きだった。
「とうとう、いなくなっちまったんだ。この世からな。みんなゾンビに食い殺されたか……運良く生き残っても、男たちにひどいことをされて殺された。あるいは、自分から命を絶った。まともな神経をしていれば、この地獄に耐えられるはずがない。頭がおかしくなるか、体を壊して病気になるか。どのみち、みんな死んでいったのさ」
バードは毛布の下で、自分の体をさらに小さく丸めた。さらしで潰した胸のあたりが、心臓の鼓動に合わせてドクドクと脈打つ。男の視線は、暗闇の中で自分の方を向いているのだろうか。それとも、かつて見た誰かの幻影を追っているのだろうか。
「女にひどいことをした男たち……。そりゃあ、傍から見れば悪魔の所業だろうさ。だがな、あいつらだって、最初から悪人だったわけじゃないんだ。みんな限界だった。昨日までの日常が消えて、明日には自分が死体になって歩き回っているかもしれない。そんな極限の世界で、目の前に『女』という生き物がいたら……誰だって頭がおかしくなっちまう」
男の声が、わずかに震えた。それは懺悔のようでもあり、自分自身を正当化するための言い訳のようにも聞こえた。
「理性が焼き切れるんだよ。腹が減れば食う、喉が渇けば飲む。それと同じくらい、抜き差しならない衝動に、誰も抗えなくなる。だから、女性はいなくなったんだ。この不毛な荒野からはな」
男は一度言葉を切り、深い、深いため息をついた。その吐息が、すぐ近くまで届いているような気がして、バードは身を固くした。
「もし、今も生き残っている女がいるとすれば……それはもう、女に見えないような、見るに堪えないブスか。あるいは……」
男はそこで言葉を溜め、ゆっくりと続けた。
「……少年に間違われているような少女だけだろうな。賢いよ。そうやって、正体を隠して生き延びるのはな。それが、この狂った世界で唯一の、正解なんだろう」
バードは何も答えなかった。答えられなかった。自分の正体がバレているのか、それともただの一般論として話しているのか。その境界線が、闇の中で溶けて消えていく。
男は天井の闇を睨みつけるように、語り続けた。その声は、古いレコードが溝を外れた時のように、低く、執拗に響いた。
「少し前まで、ある小さな集団にいたんだ。廃校になった大学を拠点にしてな。教室を仕切って、皆で身を寄せ合って生きていた。ゾンビの群れが来れば必死で追い払い、野盗が来れば泥だらけになって逃げ回る……そんな毎日だったよ。だが、そこには一応の『生活』があった」
男がわずかに身悶えする音が聞こえた。毛布が擦れるカサカサという音が、静寂の中で異様に大きく響く。
「そこに、一人の女がいた。いや、最初は誰も彼女を女だとは思っていなかったんだ。髪を短く刈り込んで、薄汚れた作業服を着て、いつも俯いて歩いていた。力仕事も人一倍こなしていたし、口数も少なかった。俺たちも、少し小柄でひ弱な若い男だとばかり思い込んでいたんだ」
男の息が、わずかに荒くなった。
「だがな、隠し通せるものじゃないんだよ。ある日、野盗の連中が夜襲をかけてきやがった。辺りは火の海で、怒号と悲鳴が入り混じるパ乱状態だ。俺は彼女と一緒に校舎の裏手へ逃げようとしたんだが、不意に、崩れかけた瓦礫が彼女の足元に落ちてきた。鋭い鉄筋が彼女の腕をかすめたその瞬間だった」
バードは毛布を握りしめる手に力を込めた。自分の喉が、ぎゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
「……悲鳴が聞こえたんだ。それまで男のふりをして作っていた、あの低い、無理のある声じゃない。裏返った、透き通るような高い悲鳴がな。パニックになった瞬間に、喉の奥から隠しきれない『真実』が漏れ出しちまったんだ。俺はその声を聞いた瞬間、背筋に電流が走ったよ。ああ、こいつは女だったのか、ってな。彼女は必死に口を押さえていたが、もう遅かった。一度漏れたその音は、俺の耳にこびりついて離れなかった」
男はふっと、苦々しい笑い声を漏らした。その笑いには、毒のような何かが混じっている。
「なあ、バード。俺はな、ずっと我慢しているんだ。この無法地帯になっても、パンデミックの前も後も、俺は一度だって人の道を外したことはない。周りの男たちが獣に成り下がっていく中で、俺だけは、自分の中の理性を必死に繋ぎ止めてきたんだ。……わかるか?俺は正しい人間なんだ。こんな世界になってもな」
その言葉には、自分に言い聞かせるような、あるいは誰かに許しを乞うような、狂気じみた切迫感があった。
男の言葉には、まるで熱病に浮かされたような、あるいは研ぎ澄まされた刃物のような危うい温度があった。バードは暗闇の中で、自分の心臓が肋骨を激しく叩く音を聞いた。男が「正しい人間」だと主張すればするほど、その言葉の裏側に潜む影が、底なしの沼のように深く、暗く見えてくる。
バードの体が、意志に反して小刻みに震えだした。奥歯がカチカチと鳴りそうになるのを、彼女は必死でこらえた。それは恐怖からか、それとも冷え切ったコンクリートの床から伝わる寒さのせいか、自分でも判別がつかなかった。
「……寒いのか」
男の声が、それまでの独白とは違う、妙に落ち着いたトーンで耳元に届いた。バードは返事をする代わりに、体をいっそう丸めた。しかし、男はそれを許さなかった。
「こっちへ来い。そんな隅で震えていたら、体力が奪われるだけだ。明日も歩かなきゃならん。死にたくなければ、俺の隣に来い」
男の手が暗闇から伸び、バードの肩に触れた。バードは反射的に身を強ばらせたが、男の指先は驚くほど強く、逃げる隙を与えなかった。
「ほら、遠慮するな。俺たちは仲間だろ?互いに温め合うのは、生き残るための合理的な手段だ。俺を信じろ、バード。俺は他の連中とは違う。お前を守ってやりたいんだ」
男の誘いは、拒絶を許さない重圧を伴っていた。バードは迷い、そして絶望的な気持ちで男のそばへと這い寄った。男は満足げな吐息を漏らすと、バードを背後から包み込むようにして、自分の毛布の中へと引き入れた。
男の腕が、バードの細い肩と胸を強く抱きしめた。男の体温は異常に高く、まるで焚き火のそばにいるかのような錯覚を覚える。しかし、その温もりは決して安らぎを与えるものではなかった。
「大丈夫だ。俺が守り抜いてやる。もう誰にも、ゾンビにも、あの獣のような男たちにも、お前を触らせはしない。俺だけは、決して離さないからな……」
男は誓うように、何度も何度もバードの耳元で囁いた。その声は優しげだったが、腕に込められた力は、まるで獲物を締め上げる蛇のように強引だった。
ふと、バードは男の呼吸が、かつてないほど荒くなっていることに気づいた。耳のすぐそばで、ハァ、ハァと湿った吐息が繰り返される。バードの脳裏に、最悪の想像がよぎった。
(まさか……感染したの?)
男が戦ったあのゾンビたちの毒が、気づかないうちに彼の体を蝕んでいるのではないか。それとも、この荒い呼吸の正体は、別の種類の「病」なのだろうか。バードは目を見開いたまま、闇の中で決して訪れることのない安息を待っていた。
翌朝、男が深い眠りに落ちている隙を見計らい、バードは音を立てずに休憩室を抜け出した。建物の裏手にある、かつては荷物搬入用だったと思われる薄暗いスペースに身を隠す。コンクリートの壁はひんやりと冷たく、湿ったカビの匂いが鼻をついた。
インフラが死に絶えたこの世界で、清潔さを保つことは贅沢であり、同時に死活問題だった。バードはリュックから、昨日見つけた飲みかけのペットボトルを取り出した。貴重な水だ。彼女は震える手で、マウンテンパーカーのジッパーを下げ、何層にも重ね着した男物の服を一枚ずつ脱いでいく。
最後に、胸をきつく締め付けていた「さらし」代わりの布を解いた。解放感よりも先に、剥き出しになった自分の肌への恐怖が押し寄せる。彼女は布を水で湿らせると、垢と埃で汚れた全身を素早く、だが丁寧に拭い始めた。鏡のない暗がりで、自分の体がまだ「女」であることを確認する作業は、彼女にとって自傷行為にも似た苦痛だった。
「……早く、着なきゃ」
震える声で自分に言い聞かせ、彼女は再び「少年の鎧」を纏おうとした。シャツを羽織り、ズボンに足を通したところで、心臓が跳ね上がった。
下着がない。
脱いで傍らに置いたはずの、唯一の替えの下着が見当たらないのだ。焦って周囲の影を漁るが、コンクリートの床には何もない。パニックになりかけたその時、背後でカサリと乾燥した音がした。
「何をしているんだ、バード」
心臓が止まるかと思った。振り返ると、物陰から男がゆっくりと姿を現した。その目は血走っており、昨夜よりもいっそう深く窪んでいるように見えた。男の視線はバードの顔ではなく、彼女の首筋や、まだ完全には整えられていない服の隙間に注がれている。
バードは咄嗟に身を竦めた。そして、男の右手に視線が釘付けになった。
彼の手には、薄汚れた、だが紛れもない「彼女のもの」が握られていた。
「ああ、これか」
男はバードの視線に気づくと、平然とした、それでいてどこか芝居がかった口調で説明を始めた。
「さっき、あっちの棚の裏で物資を探していたんだ。そうしたら、割れたガラスの破片で指を切っちまってな。……ほら、出血を止めるための布が必要だったんだよ。ちょうどいいところにこれがあったから、借りたんだ」
男は握りしめた布をバードに見せた。だが、バードの目には、彼の手から血が流れているようには見えなかった。傷口どころか、擦り傷一つない、乾いた男の手があるだけだった。
「返して……」
喉の奥で絞り出した声は、ひどく弱々しく響いた。男はそれを聞き流すように、布を鼻に近づけるような仕草をしながら、不気味な笑みを浮かべた。
「お前は、本当に心配性だな。俺を信じろと言っただろう?俺は……お前の味方なんだ」
その言葉の裏側で、男の指がその布を強く、執拗に握りしめるのを、バードは見逃さなかった。
その夜、コンビニエンスストアの休憩室を満たしていたのは、もはや静寂ではなかった。それは、湿り気を帯びた執着という名の重苦しい空気だった。
バードは再び、男の腕の中にいた。拒む理由はいくらでもあったが、それを口にすることは、彼がギリギリのところで維持している「正しい人間」という仮面を剥ぎ取ってしまうことを意味していた。剥ぎ取られた後に現れる怪物の正体を、彼女は見たくなかった。
男の抱擁は、昨夜よりもいっそう強固なものになっていた。背後から回された腕が、バードの細い体を軋ませる。
「バード……バード……」
男は、うわ言のように彼女の名前を呼び続けていた。その声は熱に浮かされたように震え、吐息は首筋にまとわりつく。バードは目を閉じ、自分がただの石塊であるかのように振る舞ったが、耳元で繰り返される「ハァ、ハァ」という荒い呼吸が、嫌悪感を増幅させる。
男の体は、まるで内側から燃え上がっているかのように熱い。それはゾンビの感染による高熱なのか、それとも、長い間抑え込んできたドロドロとした欲望が沸騰している音なのか。バードにはその区別がつかなかった。ただ、彼が自分の名前を呼ぶたびに、そこには「少年」に対する響きではない、もっと別の、ねっとりとした響きが混じっているのを確信していた。
一睡もできないまま、夜の闇が少しずつ白み始めた。窓を塞いだ段ボールの隙間から、灰色に近い光が差し込む。
(今しかない……)
男の呼吸が、わずかに深く、規則的なものに変わった。バードは心臓の鼓動が耳に響くのを抑えながら、ゆっくりと、慎重に男の腕から抜け出そうとした。ミリ単位で体をずらし、重たい腕の下から滑り出る。
あと少し。あと一歩で、この息詰まるような檻から出られる。
「……どこへ行くんだ、バード」
背後から突き刺さるような声がした。心臓が跳ね上がり、喉の奥までせり上がってきた。振り返ると、男は横たわったまま、濁った目でバードを見つめていた。その目は笑っておらず、ただ冷徹な執着だけを宿していた。
「一人では危険だと言っただろう。俺が守ってやる。お前一人で、何ができるっていうんだ。戻ってこい、バード。いい子だ」
男が上体を起こし、手を伸ばそうとする。その瞬間、バードの中で何かが弾けた。彼女は男に背を向け、休憩室の扉を蹴るようにして飛び出した。
「バード!待て!」
背後で男が立ち上がる音がする。バードは店内の瓦礫を飛び越え、割れた自動ドアを抜けて外へと走り出した。早朝の冷たい空気が肺に突き刺さる。
「おまえ、女だろ!」
背後から、地を這うような叫び声が追いかけてきた。それは怒りというよりも、ついに隠しきれなくなった真実を突きつけた、苦々しい悔しさに満ちた絶叫だった。
「わかってるんだぞ!逃げても無駄だ!おまえは女だ!女なんだ!」
バードは一度も振り返らなかった。足がもつれそうになっても、肺が焼けるように痛んでも、ただひたすらに、灰色の街道を駆け抜けた。背後に残した男の叫び声が、ゾンビの呻き声よりもずっと恐ろしい呪詛のように、いつまでも耳の奥で鳴り響いていた。
数日が経過した。バードの喉はひりつき、胃袋は自らを食い荒らすかのように空っぽだった。逃げ出したあの日から、あの男の「おまえ、女だろ!」という呪詛のような叫びが、耳の奥にこびりついて離れない。
彼女は今、郊外にある広大な物流倉庫の跡地にいた。かつては日本の物流を支えていたであろうその巨大な箱は、今や巨大な墓標のように沈黙している。バードは錆びついた非常階段を登り、二階の窓から中へ滑り込んだ。
内部は迷宮のようだった。見渡す限り、天井まで届くスチールラックが整然と並び、その上には無数の段ボール箱が積み上げられている。彼女は音を立てないよう、泥のついたスニーカーのつま先に神経を集中させた。
まずは飲料水だ。彼女は「飲料・食料」と書かれた区画を執拗に探し回った。埃をかぶった段ボールをナイフで裂くと、中から現れたのはアルミパウチの非常食だった。震える手でそれをこじ開け、冷え固まった中身を指ですくい取る。泥の味の奥に、かすかな塩気を感じて涙がこぼれそうになった。
次に彼女が手を伸ばしたのは、衛生用品の棚だった。男の視線から逃れるための「鎧」を補強しなければならない。彼女は新しいガムテープと、厚手の黒いスウェットパンツ、そして深く被れるニット帽をリュックに詰め込んだ。
その時だった。
カチャリ、と背後で硬い音がした。
バードが振り返ると、ラックの影から腐敗した肉の塊が這い出してきた。一体ではない。二体、三体。かつてはこの倉庫の作業員だったのだろう、破れたつなぎを着た「奴ら」が、喉を鳴らしながら距離を詰めてくる。
バードは即座に走り出した。しかし、連日の逃走と栄養不足で、足取りは覚束ない。
「あ……っ!」
床に散乱していたオイル缶に足を取られ、バードは派手に転倒した。その拍子に、脱げかけたスニーカーがラックの脚に挟まり、足首が固定されてしまった。必死に足を抜こうとするが、金属の角が肌に食い込むだけだ。
目の前には、顎を外れんばかりに開いたゾンビ。死臭が鼻を突き、汚れた歯が彼女の喉元に迫る。バードは目を閉じ、死を覚悟した。
その瞬間、鋭い風を切る音が響いた。
ドシュッ、という湿った音と共に、眼前のゾンビの頭部が弾け飛んだ。続いて二発、三発。正確無比な射撃だった。
「動くな。怪我はないか?」
低い、だが落ち着いた女性の声だった。バードが目を開けると、そこにはタクティカルベストを身につけ、クロスボウを構えた短髪の女性が立っていた。彼女の背後には、同じように武装した男女が数人、整然と周囲を警戒している。
数週間後。バードは山間部にある古いキャンプ場を改造した居住区にいた。そこには秩序があった。高い柵と交代制の見張り、そして何より、過酷な現実を受け入れつつも「人間」であることを捨てていない人々がいた。
助けてくれた女性、サキは、バードが女であることを最初から見抜いていた。だが、彼女はそれを暴こうとはせず、ただ「ここでは名前だけでいい。お前はお前だ」と言って、清潔な服と温かいスープを差し出した。バードはここで、初めて「少年」を演じる必要のない眠りを知った。
しかし、安息の地を見つけてもなお、彼女の夜は完全な闇にはならなかった。
眠りにつくと、決まってあの男が現れる。夢の中の彼は、肌が青白く腐り落ち、目は白濁したゾンビの姿をしている。だが、その口だけは生々しく歪み、彼女を押し倒して服を剥ぎ取ろうとするのだ。
「おまえ、女だろ!隠したって無駄だ!」
夢の中で、男の冷たい指が彼女の肌に触れる。正体が露わになる瞬間の絶望感に、バードはいつも悲鳴を上げて飛び起きる。
現実の世界で、彼女を脅かす男はもういない。だが、バードは知っている。あの男が放った「女であることへの執着」という名の毒は、ゾンビのウイルスよりも深く、彼女の魂に消えない傷跡を残してしまったのだということを。
彼女は静かに起き上がり、枕元に置いたナイフの柄を握りしめる。夜明け前の沈黙の中で、バードは今日もまた、生き延びるための孤独な戦いを続けていた。
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